夕暮れの小説1

「物語には質の変化が重要…」

 真横から夕日が差す教室で朝比奈岳人はつぶやいた。
一方のそれを聞いてた私と言うと、頭上に?を浮かべるしかなかった。
「あぁ。ただの独り言だよ、物語には敗北から勝利、善から悪というような
変化が必要で同じものを並べてもつまらなくなるということさ」
 なるほど、それなら理解できる。
 そんな私の顔を見て、どうやらそれが伝わったらしい。私は伝わったことに安堵したが同時に落ち込んだ。
(また、話せなかった…)
 岳人先輩とはこの文芸部に入部した時からお世話になっていて曜日によってはこうやって二人きりになることも少なくない。先輩のほうは私のことを妹とでも思っているのか静かに本と向き合っては楽しそうにしている。

 ただ、私はそうはいかない。
 話すことが比較的少ない部活とはいえ水面下で不満がたまっていることは明かだ。私はさっきのように男の人を相手にすると突然声が出なくなり、
話せなくなることが多く、そんな私を、先輩はいつもかばってくれているのだ。

 話せるようになりたい。話して岳人先輩がどう思っているのか聞きたい。
 そして、先輩にこの気持ちを…
(質の変化…)
 ふと、先輩の言葉が私の胸から響いてきた。
 私は、静かに先輩に近づき、後ろから抱きしめた。鼓動が触れて速くなる。先輩の息を呑む音が伝わる。もうそれらは先輩のものか、私のものかすらわからなくなった。


 やっぱり声は出ない。けれど私はそれでもよかった。そのおかげでこの音の溢れる静寂に居られたから。

 

 先輩は沈黙の中でひとしきり考えた後、慎重に話し始めた。

「大丈夫、伝わってるからさ、由香ちゃんが一生懸命話そうとしてるの
だから、大丈夫だよ。」
 混乱していていながらも優しい先輩。やっぱりそんな先輩が好きなんだ。私はそう確信した。 

 

 抱きしめるのをやめると先輩は私の方を見て
「とはいえ、克服するためとはいえ、大胆だね他の男子にしたら、勘違いしちゃうから気をつけてな」
と微笑みながら言った。

 

どうやら私達の変化はまだ少し先みたいだ。と少しがっかりする。

けれど私には変えれられる自信があった。
だって、一人じゃないから。先輩と一緒なのだから。